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まだ立っている。
まだ倒れてはいない。
まだ戦える。
まだ、——……。

剣跋の音など聞こえてはいなかった。
耳鳴りのように頭の中に木霊するその声だけを聞きながらただ黙々と己の爪を振るううち、気付けば目の前に倒すべき敵がいなくなり、そこで初めて終戦を知った。

周囲が戦の完全勝利に喜びの声を上げ互いの健闘を労り合う中、そんな輪の中に混じる気にもなれず、樹は一人森の外れへと足を向けていた。
連戦で上がった息を整えるため2、3度深い呼吸をすれば、森林独特の香りが肺を満たしてゆく。そういえばここは森だったなとぼんやりと考えた後、そんな事すら忘れていた自分に気付いて苦い笑みが浮かんだ。
手近な幹に背を預けてずるずると座り込めば、それまでの疲労が一気に体を襲う。
癒しきれていない傷がずきずきと存在を主張するのを無視して、再び、深く息を吐く。

汗と血と土に塗れるあれほどの戦いの後にも関わらず、世界遺産の森の空気はどこまでも清涼だった。
開戦時には少しも見えなかった太陽は今やすっかり昇りきり、風が吹けば木々がざわめく。
微かに聞こえるのは鳥の声だろうか。一連の騒動ですっかり逃げているものとばかり思っていたが、もう戻って来たのか。
耳を澄ませば遠くの方で騒ぐ学生達の声ですら聞こえてくる。

項垂れるように顔を伏せたまま、疲労と眠気でともすればなくしそうになる意識を辛うじて繋ぎ止め、樹はその音を聞いていた。

(……ああ、なんて平和な。)

脳裏をそんな想いが掠めると同時、
「……っはは、」
喉からは乾いた笑いが飛び出していた。

(——生きている。俺はまだ、生きている)

引きつった様に漏れる笑いは未だ止みそうにないというのに、何故だかひどく、泣きたい気分だった。
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